何もしたくない夜があってもいい。そんな日に私がしていること

余白と思考

🍃~何もしたくない夜があってもいい。そんな日に私がしていること~

#67 何もしたくない夜があってもいい。そんな日に私がしていること

 

夜になって、ようやく自分の時間ができた。

昼間なら、「時間ができたらあれをやろう」といくつか思い浮かべていたはずなのに、いざその時間になると何もしたくない。

テレビを見る気にもならない。本を開くほどの気力もないし、スマートフォンを眺めていても、たいして面白くない。

それなら早く寝ればいいのだけれど、なぜかそれも違う。

ただ、ぼんやりしていたい。

そんな夜が、私にはある。

以前は、こういう時間があまり好きではなかった。

せっかく自由な時間があるのだから、何かに使わなければもったいない。読みたかったものを読んだり、明日の仕事を少し進めたりすればいい。

ところが、頭ではそう分かっているのに、体も心もついてこない。

そして結局何もしないまま時間だけが過ぎると、今度は「今日も何もできなかった」と自分に小さな点数をつけてしまう。

考えてみれば、ずいぶん窮屈な話である。

仕事をしている時間には成果を求め、自由になった時間にまで「何かをしなければ」と自分を追い立てていたのだから。


何もしない夜に、私はお茶を淹れる

そんな夜、最近はとりあえず温かいお茶を淹れることにしている。

別に、そこに深い理由があるわけではない。

コーヒーでもいいし、白湯でもいい。ただ、湯を沸かしてカップに注ぎ、椅子に座る。

そして、すぐに何かを始めない。

湯気を見ながら一口飲んで、「今日は疲れたな」と思えば、それでいい。

ところが不思議なもので、その数分があるだけで少し気持ちが変わる。

今日あったことを考える日もあれば、何も考えない日もある。窓の外を見て、「今日は静かだな」と思うだけの日だってある。

以前なら、その時間にもスマートフォンを見ていた。

けれど、疲れているときにSNSを眺めると、自分は休んでいるはずなのに、また誰かの生活や言葉の中へ入っていってしまう。

だから、何もしたくない夜くらいは、できるだけ何も入れない。

すると、頭の中に少しずつ静けさが戻ってくる。


「何もしない」と決めると、不思議と楽になる

何もしたくないのに、

「何かしなければ」

と思い続けている時間が、一番疲れるのかもしれない。

だから私は、そんな夜には途中で諦めることにしている。

「今日は、もう何もしない。」

そう決めてしまう。

すると、やらなければならないと思っていたことが、急に明日の仕事になる。

洗濯物を畳むのは明日でもいい。

急ぎではない返事も明日にする。

読みかけの本は逃げないし、片づけも一晩くらい待ってくれる。

もちろん、毎日それでは困る。

でも、たった一晩くらいなら、それほど大きなことは起こらない。

むしろ「今日はやらない」と決めた途端、さっきまで重たかった気持ちが少し軽くなることがある。

人は、何かをすることよりも、「しなければならない」と思い続けることに疲れているのかもしれない。


ただ、窓を開ける

季節がよければ、少しだけ窓を開けることもある。

夜の空気が部屋へ入ってくる。

昼間は気づかなかった風の匂いがして、遠くを走る車の音が聞こえる。家の中にいるのに、外ではまだ時間がゆっくり流れていることが分かる。

そんなとき、ふと安心する。

今日一日、自分が忙しくしていても、世界はそれとは関係なく動いていた。

風は吹いていたし、空の色は変わった。

夕方には鳥が帰っていき、今はどこかの家の明かりが一つずつ消えていく。

自分だけが一日を背負っていたような気になっていたけれど、そんなことはない。

夜は誰にでもやってくる。

そして一日を、勝手に終わらせてくれる。


何もしない夜は、自分の声が聞こえる

静かにしていると、昼間には気づかなかったことが浮かんでくる。

「あの言葉、少し嫌だったな」

「今日は思ったより頑張っていたな」

「本当は、ちょっと寂しかったのかもしれない」

だからといって、すべてに答えを出す必要はない。

ただ、「そうだったのか」と気づくだけでいい。

人と一緒にいるとき、私たちは相手の言葉を聞いている。

仕事をしているときは、目の前のことを考えている。

けれど、一人で何もしない時間には、ようやく自分の声が少し聞こえてくる。

だから私は、何もしたくない夜を以前ほど嫌いではなくなった。

何もしないからこそ見えてくるものもある。


明日の自分に、少し残しておく

昔は、一日の最後まで力を使い切ることが頑張ることだと思っていた。

でも最近は、少し違う。

今日できることを全部やらなくてもいい。

明日の自分に、少しくらい仕事を残しておいてもいい。

明日の自分は、今日の自分より少し眠っている。

朝の光も浴びている。

もしかしたら、今夜の自分よりずっと機嫌よく片づけてくれるかもしれない。

そう考えると、少し気が楽になる。

今日の自分が全部を背負わなくていい。


何もしたくない夜。

そんな日は、無理に意味のある時間に変えなくてもいいと思う。

お茶を飲む。

窓を少し開ける。

何もしないと決める。

そして、少し早めに布団へ入る。

私がしているのは、そのくらいである。

でも、それで翌朝すべてが解決するわけではない。

昨日の仕事は残っているし、昨日考えていた問題もたぶん同じ場所にある。

それでも、朝になると少しだけ違う。

「さて、今日もやるか」

そう思えることがある。

それなら、昨夜の何もしなかった時間は、決して無駄ではなかったのだろう。

人生には、前へ進むための時間だけではなく、次に歩き出すために立ち止まる時間も必要なのだと思う。

今夜、もし何もしたくなかったら。

無理に何かを始めなくてもいい。

今日はここまで。

そう言って、一日を終わらせる夜があってもいい。

ここは「余白の駅」。

次の電車が来ても、今夜は一本くらい見送ってみませんか。


 🍃こんな夜に、もう少し読んでみませんか。

何もしたくない夜には、元気になるための言葉より、同じように静かな時間を書いた文章のほうが似合うことがあります。

🍃 何もしない時間にも、ちゃんと意味があるのかもしれません。
「何もしない時間」

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 お読みいただき、ありがとうございました。

何もしたくない夜まで、きちんと過ごそうとしなくてもいいのだと思います。

何もしない時間も、今日という一日の一部です。

少し休んで、また歩きたくなったら歩けばいい。

そんな夜に「余白の駅」を思い出してもらえたら嬉しく思います。

余白の駅 夜風


⑩ 次回予告

第68話

仕事帰りに遠回りしたくなるのはなぜだろう

早く家へ帰りたいはずなのに、なぜか真っすぐ帰りたくない日がある。

一本違う道を歩いたり、少し寄り道をしたりする。その時間に、人は仕事をしていた自分から、いつもの自分へ戻っているのかもしれません。

次回は、そんな**「仕事帰りの遠回り」**について書きます。

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