嫌なことがあった日の夜、気持ちを切り替えるためにすること

余白と思考

🍃~嫌なことがあった日の夜、気持ちを切り替えるためにすること~ 余白の駅

#72 嫌なことがあった日の夜、気持ちを切り替えるためにすること

嫌なことがあった日の帰り道は、いつもより少し長く感じる。

仕事はもう終わっている。

会社を出て、いつもの道を歩いているのに、頭の中だけはまだあの場所にいる。

「あの言い方はないだろう」

「どうして、あんなことを言われなければならないんだ」

あるいは反対に、

「自分の言い方も悪かったかな」

そんなことを何度も考える。

考えたところで、もう終わった出来事である。

それくらい、自分でも分かっている。

けれど、分かっていることと、気持ちが納得することは別なのだろう。

だから頭の中で、もう一度その場面を始めてしまう。

今度は違う言葉を返してみたり、相手の言葉の意味を考えてみたりする。

そして気がつけば、家に着いてからも続きをやっている。

相手はもう、夕飯でも食べているかもしれない。

それなのに、こちらだけがまだ頭の中で話し合っている。

考えてみると、少し損な話である。


「気にしない」は、案外難しい

嫌なことがあったと誰かに話すと、

「そんなの気にしなければいいよ」

と言われることがある。

もちろん、悪気はない。

むしろ励ましてくれている。

自分でも、気にしないほうがいいと思っている。

ところが、「気にしない」と決めたからといって、本当に気にならなくなるほど人の心は簡単ではない。

忘れようとすると、かえって思い出す。

考えないようにしようとすると、

「考えないようにしなければ」

と考えてしまう。

だから最近は、嫌なことがあった日に無理に気持ちを切り替えようとしなくなった。

嫌だったなら、

「嫌だったな」

と思えばいい。

腹が立ったなら、

「腹が立ったな」

でいい。

まずは、それくらいでいいのだと思う。


一度だけ、ちゃんと嫌な気持ちになる

以前は、嫌なことがあると早く忘れようとしていた。

いつまでも考えていても仕方がない。

もっと前向きに考えよう。

そうやって、気持ちに蓋をしていたのだと思う。

でも、蓋をしたからといって中身がなくなるわけではない。

むしろ、ふとした瞬間にまた出てくる。

だから私は、一度だけちゃんと考えることにしている。

「あの言葉の何が嫌だったんだろう」

「どうして、あんなに腹が立ったんだろう」

相手が悪かったのかもしれない。

自分にも少し原因があったのかもしれない。

あるいは、その日はただ疲れていて、普段より言葉を重く受け取っただけかもしれない。

そこで答えが出なくても構わない。

ただ、自分が何に引っかかったのかを一度見る。

それだけで、漠然としていた嫌な気持ちに少し輪郭ができる。


家に帰ったら、今日を終える

玄関を開けたら靴を脱ぐ。

上着を脱ぐ。

鞄を置く。

考えてみれば、私たちは家に帰ると、外で身につけていたものを一つずつ外している。

だったら、嫌だった出来事も一緒に外せればいい。

もちろん、本当に玄関へ置いてこられるわけではない。

それでも私は、ときどき意識して、

「これは今日の出来事」

と考える。

今日起きたことを、明日の自分まで持っていく必要はない。

解決しなければならない問題なら、明日また考えればいい。

言わなければならないことがあるなら、明日伝えればいい。

でも、今夜ずっと考えていても何も変わらないことなら、今日はここまでにする。

仕事を終えるのと同じように、嫌だったことにも終業時間があっていい。


温かいものを飲む

嫌なことがあった夜に、私がすることは意外と普通だ。

温かいものを飲む。

風呂に入る。

少し静かにする。

それくらいである。

特別な気分転換をするわけではない。

けれど、温かいお茶を飲んでいると、さっきまで頭の中いっぱいにあった出来事から少し離れられることがある。

「熱いな」

と思う。

湯気を見る。

窓の外を見る。

それだけで、頭の中に別のものが入ってくる。

嫌なことを消したのではない。

ただ、嫌なことで埋まっていた場所に、別の何かが少し入った。

それでいいのだと思う。


夜は、出来事を少し遠くしてくれる

時間には、不思議な力がある。

昼間あれほど腹が立ったことが、夜になると少し小さくなる。

そして一晩眠ると、さらに少し遠くなる。

翌朝、

「まあ、いいか」

と思えることもある。

もちろん、一晩では消えない出来事もある。

何日経っても納得できないことだってある。

そんなものまで無理に「まあ、いいか」にする必要はない。

ただ、すべての出来事を今この瞬間に解決しなくてもいい。

今夜決めなくてもいい。

今夜許さなくてもいい。

今日と明日の間に、一晩置いてみる。

それだけで見え方が変わることがある。


気持ちを切り替えるとは、忘れることではない

以前の私は、「気持ちを切り替える」というのは、嫌なことを忘れて次へ進むことだと思っていた。

でも今は少し違う。

忘れなくてもいいのだと思う。

嫌だったことは、嫌だったことでいい。

ただ、その出来事に今夜の時間まで全部渡さない。

夕飯を食べる時間。

家族と話す時間。

お風呂に入る時間。

一人でぼんやりする時間。

そして眠る時間。

そこまで、昼間の嫌な出来事に持っていかれる必要はない。

気持ちを切り替えるというのは、忘れることではなく、自分の時間を取り戻すことなのかもしれない。


嫌なことがあった日の夜。

どうしても頭から離れないなら、一度くらい思い出してもいい。

腹が立つなら、腹を立ててもいい。

そして少ししたら、

「今日はここまで」

と言ってみる。

温かいものを飲む。

風呂に入る。

好きな音楽を少し聴く。

窓の外を見る。

そうやって、自分の時間へ戻ってくる。

今日の嫌な出来事は、今日という一日の一部分でしかない。

今日一日すべてが嫌だったわけではない。

朝に飲んだコーヒーもあった。

昼に笑ったこともあったかもしれない。

帰り道に見た空もある。

そして今、自分のいる場所がある。

一つ嫌なことがあったからといって、一日全部をその出来事に渡してしまうのは、少しもったいない。

だから今夜は、ここまで。

明日になって、それでも考える必要があるなら、そのときまた考えればいい。

今夜くらいは、自分の時間に戻ろう。

ここは「余白の駅」。

嫌な出来事まで、終電に乗せて連れて帰らなくてもいいのかもしれません。


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 お読みいただき、ありがとうございました。

嫌な出来事を、無理に忘れなくてもいいのだと思います。

ただ、その出来事に今日の残り時間まで全部渡さず、自分の時間へ戻ってくる。

それだけでも、少し気持ちは変わります。

今日も「余白の駅」へ立ち寄っていただき、ありがとうございました。

余白の駅 夜風

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